21世紀型警察国家ウイグルの殖民地支配
いまウイグルで何が起きているか①
<世界一、警察力が密集する地域>
日本のメディアではあまり目にすることはないが、中国新疆ウイグル自治区では中国共産党による過酷な「植民地支配」が続いている。ウイグル人に対する過剰な警備や監視、目に余る人権侵害や宗教弾圧の数々は、「自国民」に対する措置とは到底思えない。「外国」を侵略し植民地として統治する手法と変わりなく、民族浄化ともいえる異民族支配は、ナチス・ドイツのユダヤ人に対する迫害に匹敵する様相を見せている。しかも、旧時代の植民地統治、異民族支配の手法に加え、IT技術やビッグデータ、AI人工知能など、21世紀の最先端テクノロジーを駆使した過剰な警備、徹底的な監視や迫害が行なわれているため、なおさら質が悪く状況は深刻だ。全体主義的システムによる警察国家というのが今の新疆ウイグルの実態でもある。
新疆では今、警察の人員や装備がここ数年で急拡大し、人口に占める警官の割合が世界でもっとも高い地域と言われるたとえば人口30万人あまりのホータン市内には街路の数百メートルごとに警察の派出所(「便民警務站」)が置かれ、市内全域ではその数は1130か所にのぼる。また道路に警察車両やブロックを置いて人や車を停め、身分証や手荷物を調べる検問所は至るところにあり、重武装の装甲車を含め警察車両が、時には数十台の車列をつくってこれ見よがしに街を移動することもよくあるという。あえて厳重な警備を住民の目に見せつけ、人々に警察の存在をつねに意識させることで威圧し畏怖させることが目的であるのは明らかだ。
欧米の研究者が警察の募集広告をもとに新たに雇用された警察官の数を人口一人当たりで比較したところ、新疆全体での募集は、人口の多い広東省の40倍にのぼったという。とりわけここ1~2年の増え方は尋常ではなく、陳全国が新疆ウイグル自治区の党書記に着任したあとの顕著な変化であることは明らかだ。
タクラマカン砂漠の南側、カシュガルやホータンといった街がある新疆南部(「南疆」)は、人口の90%以上をウイグル人が占める。彼らは古くから自分たちの土地を「東トルキスタン」と呼び慣わしてきたが、それにふさわしい街並みと暮らしを伝統的に残してきた地域でもある。
その新疆南部にAP通信の記者が入り、現地から最新の状況をリポートしている。以下は香港の新聞サウスチャイナ・モーニングポストSCMPに掲載されたAPの配信記事である。
Thought police create climate of fear in China’s tense Xinjiang region(SCMP 2017/12/17に掲載)
<すべての行動は監視され、特定し追跡できる>
AP通信記者は、ホータン市内の観光客にも人気スポットのバザールを見学した。バザールに入るためには、買い物客はみな必ず金属探知機のゲートを通り抜け、身分証やパスポートを読み取り機にかざし、同時に顔認証システムのカメラの前に立たなければならない。身分証・IDカードの写真と顔認証カメラの映像が一致するかどうかは瞬時に分かり、危険人物かどうかの照会結果もすぐに出てくる。AP通信の記者は、バザールを出て2~3時間後、ホテルについたところで公安局の人間だと名乗る男に呼び止められ、警察に連行された。警察からは、記者がホータン市に最初の一歩を印した時からずっとその行動を追跡監視していた、と言われたという。街のどこにいても見上げれば必ず目に入る監視カメラのすぐれた監視・追跡技術のおかげといっていい。
もう一つ別のリポートもある。BBCのJohn Sudworth記者は、貴州省貴陽市に完成したばかりの警察のハイテク監視・追跡システムの取材を許され、実際に自分の顔を「不審者」として登録したあと、街を歩き、監視カメラがいつ自分を発見し、警察に通報がいくかを実験してみた。その結果、警察の管制センターを出て7分後には、警官に取り囲まれ捕まってしまったという。中国は世界最大の監視カメラネットワークを構築する計画で、BBCの Sudworth記者の映像リポートには、現在すでに1億7000万台の集中監視カメラ(CCTV)が作動し、3年後までにはさらに4億台が設置される計画だとキャプションがついている。合わせて5億7000万台ということは、中国人ほぼ2~3人に一台の監視カメラということになるが、本当だろうか?
(BBCニュース17/12/10"In Your Face: China's all-seeing state”)
CCTV中国中央電視台は、去年10月第19回党大会が開催される直前だけで、中国全土に少なくとも2000万台の監視カメラが新たに設置されたと伝えている。(「中国全土で加熱する”監視カメラ2000万台”体制の実態」デイリーニュースオンライン 2017.10.28)
そもそも顔認証技術は、顔をカメラに晒すだけでドアを開けることができる鍵(キー)の代わりとなる本人確認技術として日本のNECなどが開発した技術だが、今ではマスクやサングラスをかけ顔の一部分しか見えなくても人物を特定できるほか、混みあう雑踏の中でも99%以上の人を識別できるという。さらに最新のAI人工知能を活用することで、通常と違う動きを見せる人、あるいは緊張状態から顔の表情に歪みや震えがあるなど異常を示す人物を特定したり、凶器など普段は見られない持ち物を見分けたりして、事件を起こす前に事前に注意を促す防犯機能もあるらしい。
中国の警察には、顔認証技術とビックデータを組み合わせた「スマートメガネ」と呼ばれる新しい装備も登場している。街をパトロールする警察官がメガネのように装着し、スマートメガネのカメラが捉えた映像はネット経由で警察のデータセンターとつながっていて、不審な人物や不審車両が映れば瞬時に特定して、警察官のスマートメガネの端末画面に警告が送られる仕組みだという。
(「中国、ブラックテクノロジー駆使して監視国家構築へ」ロイター18/3/15配信)
新疆ウイグル地区に顔認証技術の設備や機材を納入しているのは、CETC中国電子科技集団公司という中国政府が直接管理する軍需企業で、軍や警察に納入するIT通信機器やコンピュータシステムの製造を一手に引き受けている。AP通信によると新疆政府とCETCの間には顔認証技術の導入・調達に関連した27件の契約が結ばれているという。
<ビッグデータを活用した全体主義監視社会>
新疆では、全ての車にGPS機能を装着することが要求されているという。これによってリアルタイムに車の位置を追跡することができる。砂漠のなかの通行量がほとんどない高速道路でもノロノロ運転を強いられ、40キロ以下の速度制限が敷かれているところが多い。経済効率を犠牲にしても、通行車両の捕捉や追跡が簡単にできるほうが先で、それによってテロなど凶悪事件を未然に抑える効果があればいいのである。
新疆では、ビッグ・データなど最新のIT技術を総動員してウイグル人の個人情報を収集し、その行動を監視・追跡する前代未聞の大規模オペレーションが繰り広げられている。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチがその実態を報告している。それによるとイスラム教徒のウイグル人全てについて、パソコンや携帯電話のデータを追跡し、旅行履歴やイスラム教徒としての習慣、所有する本の数、銀行取引や健康の記録など個人情報を集めているという。
(「ビッグデータで「危険人物」特定、中国・ウイグル自治区 人権団体が指摘」)
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/ビッグデータで「危険人物」特定、中国・ウイグル自治区-人権団体が指摘/ar-BBJGudp?ocid=spartandhp#page=2
中国の警察は、ビッグデータを活用した「ポリス・クラウド」と呼ばれる巨大なデータ・ネットワークを構築し、全国的な運用を始めているとも言われる。西側諸国では便利な暮らしや豊かな文化のために活用される最先端技術が、中国では「黒科技(ブラックテクノロジー)」と呼ばれ、超監視社会である警察国家の体制維持のために堂々と利用されている。そして新疆ウイグル地区はそれら高度なIT技術を駆使した監視社会の実験場と化しているのだ。
(「中国、ブラックテクノロジー駆使して監視国家構築へ」ロイター3/15配信)
https://jp.reuters.com/article/china-parliament-surveillance-idJPKCN1GQ0UT
<人権無視の個人生体データの収集>
人道的にも人権の観点からも大いに問題があるのは、ウイグル人のDNAなど生体データを強制的に収集していることだ。カシュガルでは全住民を対象に健康チェックを行なうと称して、強制的に血液テストを実施しているという。住民のDNAサンプルを集めるためだ。AP通信が入手した新疆政府の内部文書「第44号文件」によると、住民のDNAや3次元顔写真、声紋や指紋などの生体データを総合的に集める計画が正式に承認され、そのために必要な検査・分析のための設備・機材の購入が承認されたという。DNAデータは個人を特定するための最終兵器であり、3次元の顔写真はどんな角度からでも人物の顔を判別する顔認証技術には必要なデータだ。声紋のデータがあれば盗聴した電話で話している人物を特定できる。警察の当局者はAP通信に対し、870万ドルをかけてDNAスキャナーを購入し、これによって年間数百万のサンプルを分析することができると自慢げに語ったという。警察が新たに調達した装備には、声紋を集めて分析するためのマイクロフォンや音声分析器、さらにスマートフォンに保存された画像やビデオを自動的にスキャンして、テロに関連があると思われる画像を検出できるソフトウェアも含まれるという。
こうした警察と治安対策のために使われる予算は、新疆全体で2016年は450億元(680億ドル)に達し、前年に比べて50%も増加した。2009年から比較すると、その額はこの間に4倍に拡大した計算になる。2009年といえば、死者200人あまりを出した「7・5ウルムチ暴動」の年であり、北京・天安門前で起きたウイグル人の乗った車が暴走・炎上した自爆テロ事件(2013年10月28日)、死者34人負傷者143人を出した昆明駅ナイフ殺傷事件(2014年3月1日)を経て、ウイグル人に対する警戒・警備は格段に厳しさを増したことがわかる。
莫大なコストをかけて整備した最新のデジタル監視システムは、ウイグル人がどこに行き、何を読み、誰と話し、何をしゃべったかをすべて監視し追跡できてしまう。そして、これらのシステムは、ウイグル人はみな潜在的なテロ容疑者だという前提ですべて機能している。
同時代を生きる同じ地球人として、これだけ自由を奪われ、個人の権利を侵害され、人間として生きるための品格や威厳さえも保てず、そんな隔絶された社会があることを許してはならない。中国が新疆ウイグルで行なっている植民地統治、民族浄化の実態に、われわれは目を凝らし、関心を注ぎ続けるべきだと思う。
ちなみに下の表は、中国の軍事費と治安維持費(維穏費)の金額の推移である。これを見ると、2010年以降、軍事費より、国内の治安対策に回す予算のほうが大きいことが分かる。2016年にはついに治安維持対策費は1兆元を超え、軍事費より13%も上回っている。このなかには、全土に張り巡らされた最新の監視カメラや膨大なデータ処理システムの装備費などとともに、新疆ウイグル地区で急拡大している警察や武装警察の経費も含まれているものと思われる。それにしても、中国の軍事費はいまやアメリカに次ぐ世界第2位の規模を持つほど巨額だが、その軍事費よりも国内の国民向け治安維持経費のほうが額が大きいというのは、どう見てもまともな国とは言えない。
0コメント